悟りとはなにか

存在・意識・気づき

悟りとはなにか

はじめまして。

突然ですが、いまの時代、ネットを開けばあらゆる情報が押し寄せてきます。
さて、みなさん「悟り」と呼ばれているものに興味はありますか?

今から話すことはおそらく多くの人にはあまり興味のない話かもしれません。
それでも、かつての私のように、「悟り」について本当の情報がほしい!って方もいると推測してこのサイトをつくりました。それは、いったい何でしょうか。

これを指し示す言葉は本当にたくさんあります。
「悟り」「覚醒」「真我」「気づき」「目覚め」「ハイヤーセルフ」「アートマン」

呼び方はじつにさまざまですが、肝心なのは、それが一体何を指しているのか。
まずは誤解のないよう、知識としてでも理解しておくことが大切です。

ここでは、最初の記事ということもあり、できるだけ簡単に、シンプルにお伝えしていきます。

第一に、それは「存在そのもの」である

さて、「存在そのもの」とは一体なんでしょうか?
私は、まったくからかっていません。むしろ、これは最もまじめな本質的な問いです。

なぜならあなたは、ある瞬間、気づいたら存在していました。
この世界に。
この当たり前の事実。
あまりにも当たり前すぎて、日常で話題にのぼることもないほどの事実です。

しかし実は、この「存在」というものこそが、あなた自身、また「悟り」と深く関係しています。

ここで一度、このテーマを、
この世界に生まれたばかりの赤ちゃんのような気持ちで聞いてみてください。
よろしくお願いします。

存在とはなにか

あなたは、いまたしかに存在しています。
だからこそ、この文字が見え、呼吸が起こり、
思考が湧き、身体の中であらゆる感覚が動き続けているのでしょう。

あなたは存在しています。間違いなく。

では、その「あなた」はいつから存在していたのでしょうか?

そう問われると、多くの人は記憶をたどり、
いくつもの思い出や言葉を思い起こすでしょう。
けれど、どうあっても一つ言えることがあります。

「あなたは、ある瞬間に突然、始まったのです。」

そのときの記憶が曖昧であっても、内容や理由がどうであれ、
あなたは「存在すること」になった。

やがて物心がつくと、あなたは世界を認識しはじめます。
これが、「あなたが世界を認識し、世界に気づいた最初の体験」です。

あなたのなかで「私」が生まれるとき

存在としてのあなたは、やがて名前(呼び名)を呼ばれるようになります。
目の前の誰かが、あなたに呼びかけます。

何度も何度も、その名は繰り返し呼ばれているうちに、
存在であるあなたは、ある瞬間に、こう思うようになります。

この身体こそが「私」なんだ。
そして、呼んでいる「あれは」(あの人は)「私ではない」、と。

こうして、「存在そのもの」であったあなたは、
「個としての私」を認識し、
「私は個であり、この身体こそが私の存在そのものだ」と深く認識し始めます。

そして、そのようなルールに沿って、
世界という舞台もまた進行していくのです。
なぜなら、「身体」と「世界」は共同存在として、現れたからです。

第二に、それは「意識そのもの」である

悟りとは「存在」だけでなく、
「意識そのもの」の立場でもあります。
さて、意識とは何でしょうか?

あなたはいままで、意識についてじっくり考えたことがあるでしょうか?

私は、あなたと「意識のこと」について語り合いたいわけではなく、
「あなたが、意識そのものの立場」であると、伝えています。
では、意識とはなんだろう。

意識とはなにか

ここで言う意識とは、日常的に使われる
「きみは意識高いね」とか「僕は彼女を意識した」などの意味ではありません。

ここでの意識とは、あなたが生まれた瞬間に立ち上がった、
あらゆる出来事、感覚、思考、感情、
それらすべてを包み込んでいる「場」そのもののことです。

たとえば、あなたが今カフェにいるとします。
目の前にテーブルがあり、飲み物があり、香りがあり、
身体の感覚、思考、感情が起こっています。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
それらすべては「あなたである、意識そのものの中」で起きています。

つまり、あなたが体験している世界のすべては、
意識という広大なスクリーンの中に映し出されているのです。

驚きましたか?それとも、「まあ、そうだよね。それで?」って感じでしょうか。

第三に、それは「気づきそのもの」である

さて、とりあえず話をさらに進めていきます。
悟りとは「存在」「意識そのもの」だけではなく、
「気づきそのもの」でもあります。
では、気づきとは何か。

気づきとはなにか

気づきとは、すべての体験を「認識する力」です。

たとえば、ある遠く離れている山奥で、今この瞬間、木が倒れたとしても、
あなたがそれに気づかなければ、あなたの世界ではその出来事は起きていないのと同じです。

意識や存在の中では確かに「木が倒れる」という動きが起こりました。
しかし、それに気づく主体がいなければ、
それは認識されることがありません。

気づきとは、意識を照らす光。
存在に「私は存在している」と確かに感じさせる、その源泉です。

悟りとは「存在・意識・気づき」である

悟りとは、「存在」「意識」「気づき」。
この三つを同時に備えている立場です。

それは、すでにそうなっています。それは特別な出来事ではなく、
もっとも身近で、もっとも親しいものです。
それは、すでにあなたの中で、今この瞬間にも起こっていること。

当サイト「パラトゥリクス」では、
この三つの視点を通して「悟り」を多面的に理解し、
日常の中に静かに息づく“本質”について探っていき、皆さんの理解を深めていくための記事を発信していきます。

また、最後には悟りも超えた「絶対」、「意識以前」、「沈黙以前」の領域をお伝えしていきます。

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