夢と真我の霊的寓話
お話とは、イマジネーションのこと。
イマジネーションとは、空想のこと。
イマジネーションとは、想像のこと。
イマジネーションとは、心のこと。
イマジネーションとは、想念のこと。
そして、イマジネーションとは、夢のこと。
夢の中では、空の色が緑に染まってたり、コップが海になったり、クリーム色の机の引き出しが見知らぬ大きな町につながっていたりする。誰かの声が、自分の声のように聞こえることもある。目覚めたあとで思い返すと、筋道はどこかおかしい。けれど、その夢の中にいるあいだは、ちっとも不思議じゃない。だってそれが世界のすべてだった。
この話も、それに少し似ている。
ここでは、ひとりの「私」が、もうひとりの「私」と話しています。
けれど、それが本当に二人なのか。それとも、ひとつの夢が、二つの声に分かれているだけなのか。
そのことは、最後まで分かりません。
ただ、その夢の中で、こんなやり取りが起こっています。
さあ、見てみましょう。
消えても、消え切らない感触
さあ、あなたよ。ご自分の手を見てください。
小指が、手のひらから切り離された存在だと思っているかぎり、小指自身の不安は終わりません。
それと同じように、
「あなた」と「他人」、 「エゴの私」と「真の私」が別々にあると思っているかぎり、探求は終わりません。
そして・・
その探求そのものが、夢だとしたら?
「実現」や「目覚め」さえ夢だとしたら?
つまり、夢から覚めたという夢だとしたら?
このことを、けっして忘れないように。
【どこかで見たことのある表札】
マーヤ(幻想)を出し抜くためには、決して、“時間と空間”の領域にいてはならない。
やっぱりこれは、イマジネーションのお話
これらはすべてまやかしです。
ほら、やっぱり、これもまたイマジネーション。作り物です。その「考え」を触ってごらんなさい。
その「考え」が触れもできず、取り出すこともできないのなら、それじゃあ、きっと、コップが海になってもおかしくないのです。
さて、個のあなたは、はるか昔から、何度も何度も、真の私、本当の私にこう言われています。
そう。まるで、このように、会話が起きています。
「ねえ。小指としての私と、手としての私。二つの私があると思っているのは、少しおかしくない?」
「え・・どういうこと?」
「右手を開いてみて」
「うん、開いた」
「手のひらを、よーく見てみて。指が五本あるよね?」
「ある」
「その小指が、今のあなた。小指としての私」
「小指としての私?」
「そう。自分だけで立っていると思っている私。ほかの指たちとは別々で、自分には自分だけの運命があって、自分だけで動いていると思っている私」
「うん。私は小指。たしかに、そんな感じがする」
「でも、小指は小指だけで存在しているわけじゃないよね」
「手があるから、小指がある」
「そう。手があるから、小指がある。手のひらがあり、血が流れ、腕があり、身体がある。小指は小指として動いているように見えるけれど、本当は手全体のいのちとして動いている」
「じゃあ、本当の私は?」
「手としての私。小指だけではなく、薬指も、中指も、人差し指も、親指も、手のひらも、ぜんぶ含んでいる私」
「じゃあ、他人は?」
「ほかの指たち。薬指はあなたの恋人役かもしれない。中指は敵役かもしれない。そして、人差し指は、道を指し示す役かもしれない。親指は、あなたにとって重要な家族や親族かもしれない。そのほかにも色々あって、色々と役割は違う。でも、どの指も同じ手から離れてはいない」
「なるほど」
「あなたは小指として、自分を小指だと思っている。でも本当は、手そのものでもある。小指でありながら、手でもある。ほかの指たちも、また、同じ手の現れなの」
「じゃあ、私は他人とも本当は切り離されていない?」
「そう。小指が薬指を見て、あれは私ではないと思う。でも手から見れば、どちらも同じひとつの手。小指の苦しみも、薬指の苦しみも、手全体の中で起きている」
「それが、ひとつになるということ?」
「そう。ただし、ひとつになるというのは、小指が手になるために頑張ることではない」
「じゃあ、何?」
「小指が、自分は最初から手だったと気づくこと。小指だけで独立していたという思い込みがほどけること」
「じゃあ、小指は消えないの?」
「小指という形は残る。けれど、小指だけが私だという錯覚は消える」
「消えるのは、私じゃなくて、思い込み?」
「そう。消えるのは、本当のあなたではない。消えるのは、小指だけを私だと思い込んでいた夢」
「でも、それって・・死ぬほど怖くない?」
「怖いのは、小指としての私が、自分だけで存在していると思っているから。もし本当に手だったと分かれば、消えるものは何もない。ただ、孤立していたという夢が終わるだけ」
「怖い・・どうにかなってしまう。私はどうしたらいいの?」
「あなたは、自由に動いていいんだよ」
「私は自由に動いてきた。ただ、最近、探し求めることにも、動き回ることにも疲れてきた」
「あなたは、探し求めて動き回るからしんどいんじゃないの。探し求めて動き回ることを、私としているから違和感が溢れ続けるの。それを信じて疑わないから、抜け出せない状態になっている。すべては心の錯覚が、そういう気持ちにさせるだけなの」
「私はどうしたらいい?本当はもう、探し求めるのは疲れた。やめたい。どれもこれも上手くいかない。・・いや、それは嘘かも。正確にいえば、たとえ上手くいっても、やっぱりどこか満たされない」
「あなたは、すでに手なの。手全体のいのちなの。小指としての私は、影のようなもの」
「影? あのさ、言い方ひどくね?」
「本当のことを知ることは、楽しいことだけじゃない。辛いこともある。けど、抵抗するから辛くなる。受け入れたら、そんなことを気にすることもなくなる。あれやこれやと気にしっぱなしなのは、影なんだから。あなたじゃない」
「私はどうしたらいい? 本当の私に還りたい。影は嫌。太陽でありたい」
「太陽は、この私だよ。本当の私。あなたと私は、ひとつ。それを信じなさい。けど、私が二人もいるから違和感があるの。小指としての私と、手としての私。二つの私って、おかしくない?」
「おかしいかも。確かに、私は一人で十分だ」
「その通り」
「どうしたら、ひとつの私になれる?」
「簡単なこと。二人の私のどちらかが、消滅するしかない」
「なるほどね。仮に、思考実験だけどさ。小指だけの私が消滅したら、手としての私は、もはや手としての私と言う必要もないね。手がある。声高らかにアピールする必要もない。手、在る、以上。って感じ?」
「そのとおり」
「仮に、手としての私が消滅したら、小指だけが残るなんてあり得ないよね。手のひらがなければ、指は存続できないから」
「うん」
「あれ。今、どっちがどっちに語っている?」
「分からない。けど、どっちでも同じこと」
・・
「それにしても、ぐるぐると探し続ける冒険はしんどいね。成功しても失敗しても、どのみち、ぐるぐると探し続けることは続く。一体これって、いつ終わるの?」
「もし、永遠に続くのだとしたら、いつやめたい?」
「もう、やめてもいいかも」
「終わりたい?やめたい?」
「うん」
「そうなれば、あなたの真実を探し求める冒険の旅は終わるけど、本当に終わっちゃうんだよ。どうする?」
「・・確かに私は、いつも何かを、私にとっての大切な真実を探し求めている。それでも、次の瞬間、気づいたらまた新たな何かを探し求めている。ずっと何かを待ってる。奇跡のような何かを」
「その冒険は楽しい?そして待つのは楽しい?ずっとやりたい?」
「苦しいことも多いけど、楽しい時もたまにある。だから、やめられないかも」
「分かった。やめたくなったら、叫んで」
「叫ぶ?」
「うん。本心から、本気で叫んでごらん」
「本心? 本気で? どういうこと?」
「嘘やフリではダメってこと」
「嘘はバレるってこと。だって私なんだから。バレないわけがない」
「・・・」
「・・・」
「いやだ。まだ冒険を味わいたい。まだ沢山の光と影を体験したいし、見たい。何度も、何度も、体験したい。」
「何を体験したいの?」
「分からない。けど、体験し続けたい」
「飽きるまで?」
「飽きたくない。飽きたくないから忘れたい。記憶を消して何度も新鮮に体験したい。飽きたら・・だめ」
「オッケー。いつでもここにいるから、その気になったら呼んでね」
「・・・わかった」
目覚めた夢・夢・夢
それから、気の遠くなるほどの長い時間が過ぎた。
始まり、
それがしばらく続き、
やがて終わった。
そのあと、また始まり、
それがしばらく続き、
やがて終わった。
それからまた、気の遠くなるほどの長い時間が過ぎた。
「 沈黙 」
探求者A
「それで、どうしたら目覚められるんですか? どうしたら覚醒できるんですか?」
「 …… 」
探求者A
「正しい修行法は? 優れた修練法は?」
「 無音 」
探求者A
「どうしたら、個の我から真の我に至れるんですか?」
「 」
それからまた、気の遠くなるほどの長い時間が過ぎた。
なんの原因もなく、
理由もなく、
ただ、それは起きた。
はっ!?
・・
なにか夢を見ていたような。
でも、忘れてしまった。
一体、何のことだったんだっけ?
「 沈黙 」
そうだ。
これは夢だ。
「 …… 」
これもまた、
夢から覚めたという夢だ。
「 無音 」
「 」
「
「
」
」
終わり。
そして、
新たな始まりへ。
幾億万回目のはじまり
「そういえば、真実とは、一体なんなんだろう?」こんな気持ち初めてだ・・。
と、あなたは幾億万回目に、また新たに始めてしまう。

