あなたはいつ、「身体」になったのか?

目次

そのころ、意識内の運動はとても静かだった。

けど潜在的には、ある「種」がすでに備わっていました。

それは、記憶の原型であり、分離の可能性。
あるいは自己を自己として知ろうとする衝動。

それは、かすかな香りがしたかもしれません。罪と罰の味がしたかもしれません。
微細な違和感が少しずつあなたの内側で立ち上がり始めました。
“ 探しもの”を感じた。探して見出さなければいけない。それゆえ、未知の体験に強烈に惹かれていきました。

あなたは、どこかで、ズレを感じ始めた。それでも、意識は休むことなく展開していった。

その時は、まだ記憶が猛威をふるうことはなく、
思考はただ起こり、行為はただ起きていた。

判断も評価もなく、成功も失敗もなく、
意味づけさえ必要なかった。
あらゆる現象は、不思議に満ちた、
奇跡のようなワンシーンの連続だった。

ただ、映っては消え、消えては映る。
そこに、「私」という登場人物はいなかった。

しかし、全体意識は、やがて身体に依存する展開を世界を通して少しずつ起こしていった。

それは本当は聖書でいうような堕落でも過ちでもなく、進化でも選択でもなかった。

あなたは誰かと契約してそうしたのではない。
話し合いもなく、許可もなく、署名もなかった。
ただ、そうなってしまった。つまり、強制的に起きた。

「これから始めますか?」
「・・・」
「この身体を私としますか?」
「・・・」
「心を使って、身体に合体し、“ 人生”という物語をやりますか?」

このような、開始のお知らせや、許可、
選択権は用意されていなかった。つまり、あなたは契約書を目にしてサインをしてここに来たのではなかったのです。

ただ、あなたに備わっていたその種が、
発芽してしまった。発芽は、意志では止められない。
化学反応が条件を満たすと勝手に始まるように、分離は、ただ起きてしまった。

そして、意識は、形を持つことで、
時間と空間の中に自らを固定し始めた。

こうして、意識であるあなたが、はじめて身体と結びつかれた。

はじめに、言葉があった。

「あなたは◯◯よ」

その言葉は、何度も、何度も、
繰り返された。

「◯◯」という音。
「◯◯」という響き。振動。

これは神経回路の固定だった。

くり返される音と反応が、次第に偽りの私として主体認識の回路を形成していった。
言葉は、世界を説明するためではなく、
世界を切り分けるために再生工場のように生ま続けていった。

はじめに、名前が宿った。

あなたは、ある時、「その身体」になった。

身体に「◯◯」というラベルが貼り付けられた。

その瞬間から、
呼ばれるたびに、振り向く何かが生まれた。呼ばれる前には存在していなかったはずの「私」が、呼ばれることで、さらに強く当たり前のように立ち上がり始めた。

それは何度も繰り返され、
やがて習慣になり、常備されるようになった。

だって「みんなそうだから」

そして、記憶の機能が発達し、身体の中で、
「私であり続ける感覚」が心を通して形成されていった。

その時点で、あなたは自分の目で見ている者となった。目の前に何度も現れ続ける対象物が、あなたのすべてになった。それが、親だった。

世界は、親の顔、声、表情、反応を通して、
あなたに映し返されるようになった。

これが、姿形のない無限の広がりとして在ったあなた、目に見えない意識が、初めて物質的な領域に宿った瞬間でした。

あなたは、肉体に物心を宿しました。

内と外が生まれ、こちらとあちらが分かれ、
触れるものと触れられるものが分かれた。
分離は、ゆっくりと、しかし確実に進行した。

次第に分離は加速していく。一なるもので在るはずのあなたは、
少しずつ、バラバラになっていった。

身体は「私」。身体以外は「私ではない」。

感情は私のもの。思考は私のもの。
あなたはどんどん沢山の「私のもの」を増やしていった。私の所有するものは膨れ上がっていった。
しかし、他人は私ではない。
世界は私ではない。
身体以外は私ではない別の何かである。
そのように分離は加速していった。

こうして、「私」という概念は、
世界を生き延びるための装置として形成されていった。

それは、間違いではなかった。必要なプロセスだった。
あなたはこう言うかもしれません。

「どう考えてみても、私としては、ああする以外に、方法はなかった」

だが同時に、この瞬間から、失われたものがあった。

それは、
分離以前の静けさ。
分離以前の満ち足り。
分離以前の、理由なき安心。

こうして、常に騒がしく不足と恐れとしての偽物の「私」は設定された。

心は、その設定を常に維持するように解釈し続けた。

そして、親という存在を通して、
あなたはその想念や観念を継承していった。

この物語は、終わってはいない。
熟睡中を除いて、いまも、あなたの内側で、静かに、続いている。

この物語はなんのためにあるのでしょうか?

それは、肉体が動いているうちに、
偽りの私から目覚め、本来のあなたに帰還するためです。
なぜなら、あなたは全ての全てのすべてのすべてだからです。
この真意がわかるでしょうか?
あなたは忘れてしまいました。すべてが自分であるという当たり前かつもっとも大切なことを。

あなたは今回の人生の間に、どれだけ「真実、真理、本当に求めている何か」へ辿り着けるでしょうか。

目の前の恐れは・・それ以外すべて消え失せたら、全く残りません。ご安心ください。
かんじんかなめなことは、あなたは本当は一体なんなのか・誰なのか・どこからきて・どこにいくのか。
そして本当にあなたのその世界の、あらゆる存在たちとバラバラに分かれまくっているその世界観は・・

一体本当なのか?

あなたの心が作り出した物語を神話にするのか、
再び巻き込まれ続け、無知と戯れ続けることを繰り返し許すのか、こういった線の話を吸収して真理探究のプロセスに入るのか。これは緊急性を要する話なのか、それともこのサイト、この話し方、この議題。これらをただ変人あるいは頭のおかしい者の意見としてスルーするか。

それは、何度でも、何度でも、いつの機会もそうだった筈です。

私は、あなた次第であるとは言わない。

あなたの自己に対する、自己愛の強さと比例するであると、私はお伝えします。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次