ようこそ。
このサイトは、私自身の人生が、真理探究に強烈に惹かれてきたことから生まれました。
なぜこのサイトを作ったのか。
それを話すには、まず少しだけ、管理人である私のことから触れる必要があります。
詳しい自己紹介や探究の歩みについては、管理人の自己紹介や、私の探究人生の記事をご覧ください。
ここでは、このサイトが生まれた理由の核心だけを書きます。
私は子どもの頃から、霊性探究の種のような体験や感覚が、ところどころにありました。
けれど、いわゆる真理探究、悟り、目覚め、覚醒といった流れが本格的に始まったのは、2015年のことです。
2015年某月。
当時の私は、自宅のベッドの上で、かなり強烈な一瞥体験をしました。
それまでの私は、どちらかと言えば、自信満々で行動的に生きていました。
しかしその頃、身近な人の死をきっかけに、強烈な精神的挫折を経験していました。
かなりのショックで、精神的にずたずただったんです。
それで、何日も何日も、自分はなんで生きているんだ、自分とは誰なんだ、なぜ存在しているんだ。
そんな問いを抱えながら、何度も何度も自答していました。
そのとき、ふと、身体にまとわりついていた感覚がほどけたんです。
まるで鎖のように絡まっていた何かが、ポロ、ポロ、ポロと外れていくようでした。
そして10分ほどすると、身体感覚がすべて消えました。
特に胸やお腹にしがみついていた、エネルギー状の重さのようなものが、強制的に剥がされるように、全部なくなったんです。
そのときの感覚を、あえて言葉にするなら、天国でした。
至福。愛。全体性。
そんな言葉が近いと思います。
その瞬間、私は直接的に確信しました。
ああ、これを知るために、自分は生きてきたんだ。
ずっと、これを遥か遠くから探し求めていたんだ、と。
そして気づいたら、腹の底の底から、魂の声のようなものが湧き上がってきました。
それは、大笑いでした。
身体から解放されたことが、そのまま歓喜となって、大笑いになって噴き出してくる。
まるでそんな感じでした。
奇妙なことに、私は大声で、止まらないほど笑い続けました。
そのとき、こう思ったんです。
これまで味わった幸せは、幸せではなかった。
これまで笑った笑いは、笑いではなかった。
全部、ガラクタにすぎなかった、と。
私はその後、その日一日中笑い続けました。
そして、笑いながら、一つの意志が固まりました。
真理探究のために生まれてきたのに、忘れてしまっていた。
ものすごく大切なことを忘れてしまっていた。
そうだ。自分の使命を思い出した。
次の日には、その笑いは消えました。
けれど、真理探究の道に入る決意だけは、はっきり残りました。
そこから約10年。
私は、本当にきつい、苦難の多い真理探究の道を歩くことになります。
その流れをごく簡単に言うなら、まず、純粋な意識である自己を知りました。
つづいて、想念や身体との同一化が剥がれていくプロセスを通過しました。
そして最後に、全体意識へのシフトが起こりました。
もしこの段階で終わっていたなら、私は、このことを人に伝えるのは善いことだ、と単純に思っていたはずです。
実際、この頃はそうした思いが自然に溢れてくることもありました。
けれど、幸い私にはグルがいたので、話はそこで終わりませんでした。
202X年某日。
絶対意識。
つまり、すべてを超越したそれが、はじめて主体となりました。
文字にすれば、ただそれだけのことです。
けれど、実際には、そのような一言で済ませられるものではありませんでした。
それは、強烈すぎるほど強烈でした。
それを描写しようとしたら、ほとんどシュールリアリズム文学か、ドグラマグラのようになってしまうでしょう。
今の私は、それをこう感じています。
最も役に立たないもの。
そして同時に、最も役に立つもの。
最大の救い。
そしてまた、最大の絶望でもあるかもしれない、と。
これは、誰にでもそのまま伝えてよいような種類の知識ではない。
けれど、ある人にとっては、何よりも知る価値のあるものでもある。
今はそんなふうに思っています。
つまり、私は自信がなくなったわけです。
それで、積極的に発信しようと思っていたわけではありません。
けれど、なぜか身体が動いてしまう。
頭が、手が動いてしまう。
なので、堪忍して書くわけです。
このサイト、パラトゥリクスは、そうした探究の中で見てきたこと、苦しみの構造、意識のこと、個の私と世界のこと、そして、そのさらに奥にあるものについて書いていくために作りました。
ここでは、ただ知識を並べたいわけではありません。
心のこと。
世界のこと。
自分という感覚のこと。
そういったものを、できるだけごまかさず、深く、しかし現実から離れすぎない形で扱っていきます。
もしあなたが、
生きることの違和感、
心の苦しさ、
探究への衝動、
言葉にならない感覚、
この世界や自分自身への根本的な問いを抱えているなら、
このサイトのどこかに、響くものがあるかもしれません。
この場所が、あなたにとって何かのきっかけになれば嬉しいです。
