五人の求婚者が消えたあと、今度は帝が現れる。
帝は、地上で最も大きな権力を持つ者である。
帝はかぐや姫を宮中へ迎えようと、翁に官位まで提示する。翁は突然出世のチャンスを掴み歓喜に満たされるが、かぐや姫は従わない。
真理は地上の権力には明け渡されないからだ。
帝は狩りを口実に、かぐや姫の家へ直接やってくる。
そして袖をつかみ、彼女を連れて行こうとする。
その瞬間、かぐや姫は影のような姿になる。
私はここがかなり好きだ。
地の欲望で月を掴んでもそこには何もない。空である。
これは、月を求める欲望自体が悪いわけじゃない。帝のようにこれほど真剣に求める者はむしろ珍しい。
帝はこの世で、ほとんどすべてのものを手に入れられる立場にいた。彼にとって、かぐや姫も地上のやり方で掴めるはずだった。
しかし月は所有することができない。そして空は、地の者が欲しかった姿ではなかった。そこで「元の姿に戻ってほしい」と頼む。帝は美しいかぐや姫の方を欲しがった。
ここには真理探究の一つの段階がそのまま出ている。
求めていたものの正体が空だった時、それを本当に受け入れられるか。
成熟が要る。帝は強制することをやめる。
帝にとっての恩寵は、地の誘惑をあまり受けない立場にいたことかもしれない。彼は、この時点でほとんどのものをすでに持っているからだ。
だけどかぐや姫への想いだけは思い通りにならず、その中で自我が少しずつ成熟していく。
二人は手紙や和歌を交わすことになる。所有しようとする力学から関係へと変わる。
ここで帝は少し成熟した。そして、かぐや姫の側にも変化が起きる。自分を所有しようとしていた地上の者と、所有されないまま関係を続けることができるようになったのだ。
ここでは縁の力が働いている。彼女はある意味で運命から逃れようとするのではなく、運命を受け入れた。二人の関係はその後も続いていく。
面白いのは、かぐや姫が月を見て泣き始めるのは、そのあとである。
彼女は地上を嫌になったから月へ帰りたくなったわけではないのだ。
むしろ、地上で二元のさまざまな価値観に触れ、嫌悪するより、ようやく残したくなるものができ関係を築けるようになった頃に、月の深い記憶が戻ってくる。
ここが皮肉でもあり、物語の美しい痛みにも見える。
月を見て泣き始める
そうして三年ほど経った頃から、かぐや姫は夜になると、月を眺めて悲しむようになる。
それはだんだん強くなり、七月十五夜の頃には泣いてばかりいるようになった。
地上で十分に遊び、体験し、様々なものに触れた者の中に、ある時このような故郷への切望が起こる。
真理探究もこれと似ている。
理由より先に、故郷へ帰りたいという切望が起こる。月への想いが隠しきれないものになった頃、かぐや姫は翁や嫗にこう明かす。
「自分はこの国の者ではない。月の都の人である」
ここで地上の個人性がかなり剥がれている。
彼女はもう真実に対して嘘をつけないのだ。
これまで彼女は方便を使ってきた。うまく地上で周囲に立ち回ってきた。必要なら自分の気持ちを押し殺すことだってあった。そのことは彼女の身近な誰もが、翁と嫗でさえまったく気づけなかった。
彼女はもう役割や物語に縛られていない。自分が本当はどこから来たのかを思い出してしまった。
そう、地上に来たのは本来ほんの片時のはずだった。ところが長く地上にいるうちに、翁と嫗に馴染んでしまった。月の記憶が薄れていたのだ。
ここには意識の話がそのままある。
意識とは期間限定である。始まりがあり、地上という世界が立ち上がり、自分と自分以外が始まる。そこで長い夢を見る。あまりに長く夢を見れば、夢の前を忘れてしまう。そして夢の中の家族や名前や出来事との関係の方が唯一の現実になる。
かぐや姫もそうだった。
月はもう、空に浮かんでいる何か遠いものじゃなく、自分が帰るべき場所、自分が元々居た本性としてやけに輝いて見え始めた。
それなのに、いや、それだからこそ、彼女は喜んでいない。いと悲しい。
私はここが、真理探究のクライマックスの心情だと思う。
月へ行けば、地上で続いていた物語が完全に終焉することを彼女は知っている。竹取の翁、嫗、近くにいた人々、そして、帝。
終わりたい、終わりたくない。帰りたい、帰りたくない。
二つの葛藤の中で、かぐや姫は何度も月を見る。
月は、何も言わずそこに在る。いくら考えないよう、見ないふりをしても消えない。
涙が自然と流れ出す。
迎えの日は、少しずつ近づいていた。



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