あなたはかぐや姫である ⑦ 富士の山【完】

帝のもとへ、不死の薬が届く。

地上でいう不死とは、死なずに生き続けることである。

しかし真理の文脈における不死とは、不生不滅である。

真理は時間を知らない。死も生をも超えている。帝の目の前にあるのは、地上での不死だった。これを飲めば、彼は永遠に生き続けることができる。

ところが帝は飲まない。

「かぐや姫のいない世界で永遠に生きて何になる・・」

帝はここで、個としての永遠の存続の特権を捨てる。

私は帝を、月のすぐ近くまで来た者として見る。

真理にかなり近づいている。

けれど最後のところで「個としてのかぐや姫」への愛が残っている。

それを私は失敗だと思わない。そこまで来たからこそ、不死の薬を目の前にして彼は「いらない」と言えたのだ。

富士の山

そして最後に富士山が出てくる。

帝は、「天に最も近い山はどこか」と尋ねる。

そして不死の薬とかぐや姫の手紙を、富士山の頂上で燃やさせる。

富士。不二。

二つではない。二元の世界の中に立つ、不二の山。

私はどうしてもそう読みたい。

そして最後に、題名に戻ってみたい。

『竹取物語』。

竹は物質であり、その背景には空がある。

竹取物語とは、竹を取り除く物語。

つまり、意識が生じる以前の自己に還る物語である。

地上で最後までかぐや姫を求めた帝が、二つではない山の頂上で、不死の薬と、かぐや姫の手紙を燃やす。

なぜ彼は最愛のかぐや姫の言葉が書かれた手紙と、個としての永遠の存続の薬を燃やすのだろうか。

帝とかぐや姫は、もともと一度も分かれたことがないからだ。

*

煙が昇る。

この連載の最初に出てきた上昇が最後にも現れる。

煙は空を目指して努力しない。燃えたものが煙となり、その性質によって上がっていく。

帝は最後の所有物を燃やした。

その瞬間、それは地上の所有物ではなくなり月へ向かった。

これにて、竹取物語は幕をとじる。

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この記事を書いた人

パラトゥリクス管理人。真理探究、悟り、意識について書いています。

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