前回の記事の最後で、私たちにとっての「呪い」とは、もともとの意図が分からないまま影響を受けることなのか、それとも物事が終わるまでに、あまりにも時間がかかることなのかと書いた。
私にとって、呪いの恐ろしさは後者にある。
もっと直接的に言えば、何かがいつまでも完了しないことだ。
あなたも、何かが無事に終了した時、静寂のような安堵が訪れたことがあるはずだ。
それまで執拗に頭に浮かんでいたものが消え、身体のどこかに入っていた硬直がとける。もう心配したり、何度も確認したりしなくていい。
それは、長いあいだ解決しなかった問題が片づいた瞬間かもしれないし、望み続けた願いがようやく実った瞬間かもしれない。
陽はまたのぼるという言葉がある。
いい言葉。どんなに真っ暗な夜でも、明けないことはない。
だがそれは裏返せば、どんなに燦々と煌めく陽も、やがては沈むということだ。
私たちは何かを失い、また何かを得ながら生きていく。
それは成長のサイクルとも呼ばれる。
成長と呼ぶからには、その先に完成があるのだろう。
では、完成とはなんだろうか。
全知全能だろうか。
全知全能になれば、その時ようやく静寂のような安堵に満たされ、それ以上何も求めなくなるのだろうか。
ならば、私たちは、何もかもを求めなくなることを求めているのだろうか。
私には、完成とは何かが本当に終わることのように思える。
終わらない手続き
あなたが市役所へ行ったとする。
住民票の住所を変更するためだ。
あなたは一階にある窓口Aへ行く。
受付の者はあなたの話を最後まで聞き、書類を一枚確認するとこう言う。
「住所変更でしたら、窓口Bになります」
あなたは礼を言い、窓口Bへ向かおうとする。すると案内係の者が近づいてくる。
「お客さま。窓口Bは七階です。現在エレベーターを整備していますので、階段をご利用ください」
あなたは階段を上り始める。
一階、二階、三階。七階へ着く頃には、少し息が上がっている。
静かだ。あれほど人がいるのに、ほとんど誰も話していない。ときどき番号を呼ぶ電子音だけが響く。
窓口Bの前には、おびただしい数の人が並んでいる。列の最後尾は見えない。廊下を曲がった先、非常階段の前まで人が並んでいる。
正面の電光表示には「およそ六時間四十分待ち」と表示されている。
その下では「混雑状況により前後します」という文字が点滅している。
一時間後。
「およそ七時間十分待ち」
また一時間後。
「およそ六時間二十分待ち」
少しだけ安心する。
次に見た時には、
「およそ六時間五十分待ち」
窓口の向こうでは、職員たちが書類を運び、印鑑を押し、何度も頭を下げている。
誰も手を止めていない。それでも列はほとんど動かない。
時折、窓口の奥から人が出てくる。書類を鞄へしまい、肩の力を抜き、深く息を吐く。
その足取りは、来た時より軽く見えた。あなたはその背中を見送る。
また電光表示を見る。番号だけが少しずつ変わっていく。人は減らない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
いつから待っているのかも曖昧になる頃、電子音が鳴る。ようやく、あなたの番号が呼ばれる。
窓口Bの職員は、書類を確認すると言う。
「こちらでは、住所変更の手続きを完了できません」
「どうすればいいんですか」
「窓口Cへお進みください」
「窓口Cはどこにあるんですか」
「窓口Aでご確認ください」
「窓口Aで、こちらへ行くように言われたんです。かれこれ六時間以上も待ったんですよ」
職員は頷く。
「恐れ入りますが、もう一度窓口Aでご確認ください」
あなたは再び階段を下りる。
一階へ戻ると、窓口Aには先ほどよりも長い列ができている。並び直し、もう電光表示を凝視することもなく長い時間を過ごす。
ようやく自分の番になる。
そこには先ほどとは違う担当者が座っている。あなたは最初から細かく事情を説明する。
担当者は途中で遮ることなく聞き、机の上の書類を整える。
「窓口Cは、住所変更が完了した方のみご利用いただけます」
「その住所変更を終わらせるために、朝からここへ来ているんですが」
担当者は静かに頷く。
「承知しております。ですが規則上、窓口Cへはご案内できません」
「では、どうすればいいんですか」
「窓口Bへお願いいたします」
あなたは口を開く。
しかし、後ろには長い列ができている。
担当者は次の人の書類へ手を伸ばしながら、あなたに向かって丁寧に頭を下げる。
誰もあなたを拒絶しているわけではない。それでも住所は、いつまでも変更されない。
階段を上り、列に並び、説明を聞き、あなたは確かに進み続けている。
なのに、本当の意味では、何一つ終わっていない。
呪いは窓口Aの職員でも、窓口Bの職員でもない。
終わらない。
窓口の外でも、物語は続く
ようやく恋愛の問題が終わったと思ったら、今度はお金の問題になる。
お金の問題が落ち着いたと思ったら、人間関係が揺れ始める。
人間関係が落ち着いたと思ったら、今度は身体が悲鳴を上げる。
一つの問題が終わるたび、別の問題が始まる。
私たちは、完全に絶望することも、希望を捨て去ることもできない。
呪いの正体は、ノロいこと。


コメント