帝のもとへ、不死の薬が届く。
地上でいう不死とは、死なずに生き続けることである。
しかし真理の文脈における不死とは、不生不滅である。
真理は時間を知らない。死も生をも超えている。帝の目の前にあるのは、地上での不死だった。これを飲めば、彼は永遠に生き続けることができる。
ところが帝は飲まない。
「かぐや姫のいない世界で永遠に生きて何になる・・」
帝はここで、個としての永遠の存続の特権を捨てる。
私は帝を、月のすぐ近くまで来た者として見る。
真理にかなり近づいている。
けれど最後のところで「個としてのかぐや姫」への愛が残っている。
それを私は失敗だと思わない。そこまで来たからこそ、不死の薬を目の前にして彼は「いらない」と言えたのだ。
富士の山
そして最後に富士山が出てくる。
帝は、「天に最も近い山はどこか」と尋ねる。
そして不死の薬とかぐや姫の手紙を、富士山の頂上で燃やさせる。
富士。不二。
二つではない。二元の世界の中に立つ、不二の山。
私はどうしてもそう読みたい。
そして最後に、題名に戻ってみたい。
『竹取物語』。
竹は物質であり、その背景には空がある。
竹取物語とは、竹を取り除く物語。
つまり、意識が生じる以前の自己に還る物語である。
地上で最後までかぐや姫を求めた帝が、二つではない山の頂上で、不死の薬と、かぐや姫の手紙を燃やす。
なぜ彼は最愛のかぐや姫の言葉が書かれた手紙と、個としての永遠の存続の薬を燃やすのだろうか。
帝とかぐや姫は、もともと一度も分かれたことがないからだ。
*
煙が昇る。
この連載の最初に出てきた上昇が最後にも現れる。
煙は空を目指して努力しない。燃えたものが煙となり、その性質によって上がっていく。
帝は最後の所有物を燃やした。
その瞬間、それは地上の所有物ではなくなり月へ向かった。
これにて、竹取物語は幕をとじる。


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