私の探究遍歴 ① トイレの花子さんと、心が世界に触れた日

目次

探究のはじまりの記憶 

ようこそ、パラトゥリクスへ。 

ところで、みなさんの一番古い記憶は、どのようなものでしょうか?

はっきり覚えている人もいれば、曖昧なものとか、断片的にしか覚えていない人もいるかと思います。

私の場合、一番初めの強烈に残っている記憶は、記憶の映像というより、ただ強い感情がメインでした。

まったく何もない景色の中で、叫びのような感情の衝動だけがあったようなものです。

それを言葉にするなら、「しまった。またやってしまった」というような、後悔にも似た念でした。

「また、やってしまった。またしても・・」そんな感覚です。

一体何をやってしまったのか。

なぜ、そう感じたのか。当時の私に分かるはずもありません。

けど、そんな記憶が、私が人生において、真理探究に入り込んでからも、強い燃料になっていたように思うんです。

幼稚園の頃

次に強烈な印象で残っている記憶は、幼稚園の砂場で遊んでいるシーンです。

砂場で遊んでいる自分を、どこか上の方から、あるいは周囲全体から眺めているような感覚がありました。

私はここにいる。同時に、そこにいる私を見ている。

完全に身体に入りきる前のような、世界全体から眺めているような記憶です。

当然、当時の私はそれを不思議だとは感じていても、親や周りに説明できる類のものではありませんでした。

ただ、のちに真我実現したときに、「あの記憶は、ただの思い出ではなかったんだな」と、あらためて思いました。

そして幼稚園のころ、もっと奇妙な出来事がありました。

一見すると、それはただの子どもの頃の思い出話です。

園児たちの間で起こった、よくある噂話。

でも私にとっては、その後の人生にまで残るほど、妙な引っかかりを持つ出来事になりました。

それが、トイレの花子さんの話です。

トイレの花子さん

皆さんは、「トイレの花子さん」をご存知でしょうか。

有名なので、聞いたことがある人も多いでしょう。

子ども特有の、他愛もない怪談です。

当時、私の通っていた幼稚園には大きな倉庫がありました。運動用具やマット、跳び箱のようなものがしまわれている倉庫です。

その倉庫の扉にはガラスがついていました。

ある日、誰かがそのガラスに浮かんでいるシミのような、模様のようなものに気づいて声をあげたんです。

「なんかこのシミ、怖くない?」

ちょうどそのシミは、人のような形が浮かんでいました。ガラス越しに何かが映った反射だったのか、模様だったのか、汚れだったのか、サビだったのか、今となっては正確には分かりません。

でも、言われて見てみると、たしかに、なんとなく人の形のようにも見えたんです。

その色は、赤色と、青色。

上が赤だったのか、下が青だったのか。その逆だったのか。配置はぼんやりとしていて、思い出せません。

でも、その色合いが赤と青だったことだけは覚えています。続けて、園児のひとりが言いました。

「これ、お化けじゃない?」 

その一言で、ザワザワとみんなの空気が変わりました。

それまでは、なんてことない模様でした。

でも誰かが「お化け」と言いだした、その瞬間、園児たちの間で、それはお化けになりました。

私も、それを面白がって信じました。

少なくとも私の心の中では、もはやただの模様ではありませんでした。そこにたたずむ、謎のお化け的な存在に変わっていったんです。

次の日も、怖かったのに、どうしても見に行きたくなる感じを、今でも覚えています。

見たくないけど、見ないと落ち着かない。気づけば幼稚園に行くたびに、私はその倉庫の前を通り、ガラスの中の赤と青を確認していました。

今日も、そこにいるな。

いつの間にか私は、それをいないものとして扱えなくなっていました。

当時、私の住んでいた地域では、冒頭でもお話しした、「トイレの花子さん」が流行っていました。

お化けといえば、花子さん。怪談といえば、花子さん。そういう空気がありました。

ある日、また突拍子もなく誰かが言いました。

「あのお化け、あれ花子さんだよ」

すると、園児たちは一気に盛り上がりました。

「そうだ。そうだ。あれは花子さんだ」

私も、また面白がって、それを信じました。

謎のお化けだったものに、とうとう名前がついた。

花子さん。その名前を聞いてから見ると、ガラスの中の赤と青は、さっきまでとは少し違っていました。

たしかに、それは相変わらず何も言わず、ガラスの向こうに貼りついているだけでしたが、こちらの中では、もう名前を持ってしまっていた。

少し訂正すると、実際、その模様があったのはトイレではありません。体育倉庫の扉のガラスです。

小学校でもなく、幼稚園です。

けど、私たち園児にとっては、そんなことたいした問題ではありませんでした。

誰かがそう言ったことで、赤と青のシミは、その日から、私たちの中で「花子さん」になりました。

そして、みんなで信じたことで、結束力のようなものが生まれ、その存在感は、私たちの心の中で少しずつ常識のように色濃くなっていきました。

当然、先生たちは、はいはい、という感じで、私たちの盛り上がりを大して相手にしていなかったと思います。子どもたちが、また何かばかなことを言っている。その程度だったのでしょう。

ここまでは、よくある話です。

幼稚園児の怪談。ガラスに浮かんだ模様。赤と青の人影のようなシミ。それを花子さんと呼んで盛り上がる私たち。よくあることです。何も不思議ではありません。

やがて時が過ぎ、私は幼稚園を卒業しました。


幼稚園の思い出も、花子さんの話も、日常の中で少しずつ忘れていきました。

でも、よっぽど印象的だったのか、完全には消えませんでした。なぜか、心の奥底ではずっと気になっている。

しばらくすると、その模様は夢の中にも出てくるようになりました。忘れたころに、何度も、何度も。

夢の中で私は、いつもどこか薄暗い場所にいました。

トイレの個室、閉じた扉、コンクリートの匂い、開いた窓。

そこには、何かが終わったあとのような空気がありました。誰かがそこで死んだ夢を見たこともあります。

まるい緑色の魂のようなものが、窓の外へ浮かんでいく。私はそれを、ただ眺めている。

そして、そのあと、目の前に現れるのです。

赤と青が混ざったような、あの人の形をした模様の花子さんが。

そして、いつも夢の中で、私に差し出してくるのです。

赤い石と、青い石を。

それが何を意味しているのか、私にはまるで見当もつきません。

それでも夢の中では、意味が分からないまま、選択だけが先に置かれていました。

「あなたは、どちらを選ぶのか。どうするのか。なぜ迷うのか」

そんな声にならない圧を、私に投げかけてくるように。

私には、その夢が、いや、そのシーンが、

なぜか決定的に重要な選択を示しているように感じられました。

もしも、誤った選択をすると、あとあと強烈に後悔することが、深いところでは分かっているような。

そんなこともあったので、怖いというよりは妙に離れない。私は毎度、石を受け取らずに、そこで目が覚めるのです。

そんなこともあって、浮き足立った感覚がずっとあったように思います。


そんなある日のことです。

久しぶりに祖母の家に遊びに行ったとき、叔父さんがテーブルで新聞を読んでいました。

私が何気なく声をかけると、その新聞には、全国の子どもたちの間で「花子さん」がブームになっている、というような記事が載っていたらしいのです。

叔父さんは、それを読みながら私に言いました。

「へぇ、お前も言ってたよな。新聞に書いてあるくらいだから、花子さんってほんとにいるんだな」

私はその言葉に強く反応しました。

「本当にいるの。やっぱり」私は胸がドクドク高鳴りました。

気づいたら、「見せて!!」と思って、新聞を奪うようにしてのぞき込んでいました。

読むと、たしかにそこには書かれていました。

全国で花子さんが話題になっていること。子どもたちの間で都市伝説になっていること。

体験談や目撃談の声も寄せられていました。

でも正直、そこまでは別になんてことはありませんでした。ああ、やっぱりみんな花子さんの話をしているんだ。そのくらいのことでした。

でも、私は次に書かれていたものを見て、

一瞬で固まりました。

大きな見出しには、こうありました。

「トイレの花子さんが子供たちの間で話題に──」

そこまでは、よかったのです。

問題は、その下に添えられていた小さな文字でした。

私はたしかに、こう書かれていたように記憶しています。

「赤石、青石」

その瞬間、背筋に冷たいものが走りました。

後から知ったのですが、トイレにまつわる怪談には、「赤い紙、青い紙」のように、赤と青のどちらかを選ばせる話があるそうです。

だから、新聞にあった「赤石、青石」も、そうした怪談の派生だったのかもしれません。あるいは、私の記憶の中で、どこか形を変えて残った言葉だったのかもしれません。

でも、「赤石、青石」という言葉は聞いたことがありませんでした。

私の夢の中を除いては。

その「赤石、青石」というフレーズは、私にとって、ただの情報ではありませんでした。

幼稚園の体育倉庫のガラスに浮かんでいた、あの赤と青。そして、夢の中で差し出された、赤い石と青い石。

誰かが「お化け」と言い、誰かが「花子さん」と言って、私は、それを信じた。信じたことで、それは私の心の中で根強く育っていった。

ただの模様ではなくなり、ただのお化けでもなくなり、ただの花子さんでもなくなっていった。赤と青。赤い石と青い石。

私の内側で、イメージで、夢の中で、何度も何度も繰り返される象徴になっていた。

夢のことは、誰にも言っていませんでした。誰も知らないはずでした。

なのに、その言葉が当然のように書いてあったわけです。

私は、夢の中の赤い石と青い石と、新聞の小さな文字が、ひとつに重なりました。

「どちらを選ぶのか。どうするのか。」

これはただの偶然だったのかもしれません。

何かの勘違いだったのかもしれません。 

でも、少なくとも当時の私に衝撃的な印象を与えました。

まるで、私の内側でだけ繰り返されていたものが、外側の世界に何食わぬ顔で、滲み出てきたようでした。

そのとき初めて、私は思いました。

「心の中で起きていることと、外側の世界で起きていることは、本当に別々なのだろうか」

「もしかして、夢と現実は、どこかでつながっているのではないか」

「この世界は、私たちが思っているほど、固く確定したものではないのではないか」

もちろん、そのときの私に、こう具体的な言語化があったわけではありませんが、そういった感覚だけは残りました。

見えている世界は、ただ見えている通りのものではない

誰かの言葉によって、ただの模様がお化けになるし、名前を与えられたことで、お化けが花子さんになる。信じることで、それは心の奥に根を張る。

心の奥で繰り返し見ていたものが、ある日、外側の現実に現れることがある。

というわけで、花子事件は私にとって、ただの怪談話ではありませんでした。

最後に

あなたにも、説明のつかない不思議な記憶があるかもしれません。

忘れられた出来事にみえて、それが心の奥ではなにか重要な意味を持つことがあるかもしれない。
それは、私の幼稚園のころの花子さんの記憶のように、この世界が見えている通りのものではないと知らせる、何かなのかもしれない。

そうした記憶が、ある日、真理の扉の前まで私たちを連れていくことがあります。

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この記事を書いた人

パラトゥリクス管理人。

言葉になったものを置いています。

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