これは私が29歳から30歳になった頃の話です。
時間軸的には前回の③の記事より少し前になると思うのですが、起きた出来事は覚えていても、あの頃の感覚はあまり思い出せない。
風邪をひいて高熱が出て何日か寝込んで、すっかり治って一週間も経てば、熱の最中がどんなだったのか、朦朧としていたこともあって、はっきりとは覚えていない感じに近いです。
探し求める火だけはメラメラと強いのですが、解決しない。どうすればいいんだというループの中で当時若かったこともあり、かなりイライラしていたように思います。
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じゃあなぜ火がついたかと言えばやはり、前回話した一瞥体験や神秘体験によって、激烈なショックを受けたからです。
私は混乱していて、それ以前の感覚に戻れない、かといって、そういう未知の世界に足を踏み入れたら日常に支障が出るだろうなと感じていたので、未知への恐怖もあり忘れよう忘れようとしていたのかもしれない。
もっとシンプルに言うなら、ある人間がある時なんの前触れもなく、自分は身体でも心でもなかった、それでも自分は決して消滅せずに在ったことを知った、しかし、次の瞬間、もとに戻ってしまった。
あなたならどうしますか?
私の場合、それ以来、日常を過ごしていても、どうも深いところでは何も手につかなかった。仕事も遊びも騙し騙し行ってはいても、身体と心だけが私だという感覚が、以前のようにフルパワーで機能しないのです。
それじゃあどうするか。
それで確か、私は書店へ行きまして、自分に起きたことについて詳しく調べようとしたのだと思います。
その時期は本屋巡りばかりしてました。
ジュンク堂、ブックファースト、神保町、青山のブッククラブ回もよく行ったなぁ。Amazonで買ってもよかったんですが、何読めばいいかさえまるでわからなかった、ので。
最初は精神医学や心理学のコーナーを巡りました。それでだんだん精神世界のコーナーに入っていき、宗教学や哲学を手に取りました。
当時の私の感覚としては「至福感」を垣間見たことによって、心は「あの素晴らしい至福をもう一度」モードに自動的に動いています。「至福」を常に求めて止まない動きは、やがて虚無と出会うわけです。
「木っ端微塵」
という言葉がそのとき一番フィットして私の心に残り続けました。それしかないという感覚が内側でこだまし続けます。
そういう事情もあり、私の琴線に触れるものはライトなものじゃなくて、シリアスで徹底的なものが多かった気がします。
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老子、荘子、クリシュナムルティ、バーナデット・ロバーツ、マイスター・エックハルト、グルジェフ、ラジニーシ。それから、ちょうど非二元が流行り出した頃だったので、トニー・パーソンズとかスティーブン・ノーキストとかにも触れました。
でも、私なりにバランスも取ろうとしていました。
ミーラ・バーイ、アーナンダマイー・マー、ルバイヤートとか。「あぁ、素晴らしい、神を想う姿勢ってのはこういうことなんだな」と感動しながら読み、またさらにメラメラと探究心を燃やしていくわけです。
この時点での選別基準は、琴線に触れるか触れないか、です。ずいぶんテキトーですね。笑
だけど、琴線に触れた言葉や思想たちは、「そうだそうだ」と知るというより思い出す感じで、乾いたスポンジが水を吸い込むように取り入れていきました。
ただ、楽しかったかと言われると、こちとら「木っ端微塵」という言葉が内側でこだましているわけですから、笑
・・もう必死でした。
時限爆弾が目の前にあって、青を切るか赤を切るか。渡された指示書が外国語で書かれていて、
私はその国の国語辞典を片手に必死で解読しているような心境でした。
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そのとき、こういったことに関心のある人と交流を持ち、情報交換したいと思って探したんですが、みなさん非常にキラキラしているんですね。
パステルカラーのような世界観なのです。
「あなたは天使の口づけを知っていますか?」
「え、歌舞伎町の話ですか?」
「……」
どうも、私は浮いていました。虚無的な、漆黒のまなこをしていたことが原因でしょうか。
まあ、たまたまかもしれませんが。そういう流れにはあまりなりませんでした。
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私は色々読んで、色々な修練を試していくうちに「やはり伝統的な古典を読むか」と決意しました。
次の日の朝、国立国会図書館へ行きました。そこで主に伝統的な古典や聖典を手に取り、解読していくわけです。
聖典、古典、その解説書をいくつも同時に並べながら、受験生と混じって「ぐぬぬ・・」と、血眼になって解読しようとしていました。
一番最初は、確か原始仏教系。スッタニパータやダンマパダ、阿含経あたりから入って、それから龍樹の中論、般若心経、大乗仏教、法華経。禅にも行って、
道元、臨済、桃水、達磨、無門慧開なんかの言葉に触れていきました。
一通り読んでいくうちに、とうとう観念しました。
「だめだ!!直接それを生きている人と話すしかない!」
というわけで、今度は人探しです。
二、三ヶ月ネットサーフィンして、その時の自分が直感的にこの人だと思った、某禅師に会いに行きました。当時その業界では、現代の大覚者として紹介されていました。
で、私も当時30歳ということもあり、まあ・・生意気です。(今思えば、あのイライラは若さというより、単に生意気だっただけかもしれません。)
儀式や行事的なものに参加しながらも、「いや、こういうことではなく、話を・・」と思っていました。
そしてとうとう覚者との質疑応答のときに、身心脱落の体験後に残った感情とその対処法について、これからどう修練して深めていけばいいか、猛烈にまくし立てるように話してから尋ねました。
(今考えると、「身心脱落」という言葉は禅師たちからすれば、かなり慎重に話さないといけないキーワードだったのかもしれない。)
しかし、関係ありませんでした。
こちとら木っ端微塵のこだま人ですので。
それに敬意を欠いていたつもりもありません。確かに少々型破りではありましたが・・私にとっても貴重な覚者との接触なわけです。
当時、もしそこで悟りや覚醒について何か答えが得られるなら、頭を剃れと言われたら剃ったでしょうし、雨の中三日連続で門の前に土下座しろと言われたら、たぶんしたでしょうし、どこかの山で何年か坐禅修行しろと言われたら、それもやったと思います。NHKで見た禅のイメージが強すぎて、左腕を落とせと言われたら、場合によっては突発的にやってしまっていたかもしれない。要はそれくらいメラメラしていたのです。
で、どうなったか?
ズバリ、その場に似つかわしくない来客っぽい絵になったのです。
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あれは今思えば、『カラマーゾフの兄弟』のフョードルとゾシマ長老と、その周りの取り巻きの図のようです。
周りの人たちは、その覚者の隣で私をどう扱っていいかわからないような怪訝な顔をしていました。
私の長話を一通り聞き終わったあと、覚者は静かに言いました。
私は耳を広げてしっかり聞こうとしました。
でもそれが・・聞き取れなかったんですよ。なぜか。
申し訳ないことに、無念なことに。なぜか。
風が強かったのかもしれない。私が寝不足だったからなのかもしれない。いや、わからない。
その人はお年を召した方でした。確かに声が小さかったこともあります。
「感情は感情だから、、」
的なことを、なんかボソボソ言われて。
結局私は、
「え?」
「え!?」
と言って、とにかく聞きたいことを何も聞けず、
「もう時間です」
と、聖なるイベントはタイムオーバーになってしまいました。
家に帰る途中、悔しくて大声で天に向かって叫びました。
「え、感情がなんだって!?」
*
今ではあの方との接触で得た恩恵は会話そのものではなかったことが明確にわかります。
私はあの出来事に感謝しております。
しかし、当時の私は、数日間ため息混じりで過ごしていました。
そして、なぜか、自分の死がすぐ近くにあるような感覚がつきまとっていました。
「あぁ、これも最後だ。最後だ」と思うんです。
知り合いと、中目黒の美味しいと言われているピザ屋さんへ行った時も、
「あぁ、これは、美味い。そして、最後の晩餐だ」となぜか強烈に感じるんです。次の日、蕎麦を食べて、また同じことを思うんですけど。
*
数日後、仕事関係でお世話になっている方に誕生日プレゼントを聞かれました。そのとき自分でも驚くぐらい「なんもいらない」と感じました。
(原始仏教の古典を読みすぎて、影響されていたことも手伝ったかもしれません。)
「それを手に入れたとて……」と内心暗く思う。でも、口は、「インド行きたいです!」と言っていました。
私は確かこう言いました。
「海外にそんなに興味はないけど、どうしても行きたい場所の一つが、やっぱりインドなんですよ!!」
相手の人は海外旅行に慣れていて、「インドは行ったことないなぁ。面白そうだ」
というわけで、私は正月から結構長い期間、インドに滞在することになりました。
「もうこの虚無に取り憑かれた感じも含めて、これまでの記憶や人生、何もかも洗い流したい。洗濯したい。だから聖なる河に入りたい」というわけで、私はその人と早朝の日の出の時刻にガンジス川に沐浴しに行ったのです。
ガンジス川で沐浴したあと私はかなり平和な気持ちになりました。町のいろんな音を聞きながら、その人と岸辺に寝そべりました。空は映画みたいに綺麗で、昇っていく朝日をずーっと見ていました。隣には細長い犬もいました。
私は世間知らずすぎて、インド=釈迦のイメージだったんですね。その日、ブッダガヤの菩提樹を見に行く予定でした。私たちはブッダガヤを目指すのですが、強い霧で飛行機が飛べないと言われました。
残念ではありましたが、洗い流したばかりの虚無にすぐさま取り憑かれていたので、なぜか変に気にしないのです。
じゃあ別のプランにしようかってことで、細長い友と別れ、ヒンドゥーの神々たちの寺院めぐりに行くことになりました。
シヴァ、ヴィシュヌ、サラスヴァティ、ラクシュミー、ガネーシャ、カーリー。
ブッダガヤを目指していたはずが、私はここで予想の何倍も、ヒンドゥーの神々の世界に圧倒されることになるのです。
「これだ」
深いところで、虚無との戯れが少し溶けていくのがわかりました。
(ヒンドゥー文化へのフィットは、ミーラ・バーイやアーナンダマイー・マーを読んでいたことも、どこかで下地になっていたのかもしれない。)
私はそれを機に、ヴェーダ、ウパニシャッド、ヴェーダーンタ、アドヴァイタなど、霊性大国インドの叡智を探究していく流れに入っていきました。
「ぐぬぬ・・」と言いながら。


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